(ひょっとしたら偶然だったのか?) 偶々同じ車種が居ただけなのかもしれない。或いは二十四時間監視の対象に成っていないのかもしれない。(いや、二回同じ車両を見かけたのは偶然ではない……) ディミトリは慎重な方だ。慎重だったから幾多の戦場を生き残って来たと言える。 臆病なのと慎重なのは違う。失敗から原因を推測して、次の行動のための糧にするのだ。 それが出来ないやつは全て死んでしまった。(俺はまだ死ぬ予定じゃないからな……) 盗聴器を仕掛け終わったディミトリは、次の懸案事項に対する方策を考え始めた。 誰に見張られているのかを確認しなければならないからだ。 その為には問題の車が警察なのかを確認しなければならない。 朝になって普段どおりのランニングに出かけた。そして、以前に黒い不審車を見かけた地点に差し掛かると、前に見たのと同じ場所に停車しているのが見えた。(夜はお休みなのか……) 昨夜、見かけなかったので夜中は監視してないらしいとは思った。 もっとも、見つかっていたら彼らも判断に悩んだに違いない。(ではでは、ちょっと誰なのか調べさせてもらいますよー) 後ろからそっと近づき、後輪タイヤハウスの裏側に携帯電話を貼り付けた。ここが見つかりづらいのは経験済みだ。 ディミトリは警察関係の車であろうと目星を付けていた。 警察署は二キロほど走ったところにある。あそことの往復であれば、後日回収できるだろうと考えていた。(若い男と中年の男…… きっと同じふたり組だな……) 以前にアジトの近辺で見かけたのと同じ二人組だ。ディミトリのランニングコースを見ている。 あの時は遠目で見るしか無かったが今度はしっかりと顔を覚えた。 その後、ディミトリはいつの通りの道筋でランニングを終え帰宅した。帰りにも問題の車は見かけた。 もちろん、気が付かない振りをするのは怠らなかった。こっちの手の内を見せてやる必要はないからだ。 帰宅してから二階の窓から双眼鏡で周りを見ると、二ブロック先の交差点に問題の車は停車していた。 そして、ディミトリが帰宅後三十分ぐらいで車を発進させていた。帰るのであろう。「よしよし、車に携帯が仕掛けられたのは気が付いていないな……」 パソコンに映る携帯の位置情報はディミトリの期待通りの結果を表していた。 携帯が発する電波はディミト
翌日に信号が消えた場所に行ってみた。ディミトリの想像した通りにスマートフォンはバラバラになっていた。(向かっているのは東京都内か……) 高速道路に上がる手前に部品はあった。想像した通りにタイヤハウスから落下してしまったようだ。 粘着力が足りなかったようだ。直ぐに外す事を考えていたので控えめにしたのが仇となった。(警察の可能性もあるし、在外諜報機関の可能性もある)(結局、わからないままか……) 釈然としないままディミトリは自宅に戻った。 不審車にいつまでも掛り切りになっている場合では無いからだ。 部屋に戻った彼は詐欺グループのアジトの監視カメラをチェックし始めた。 盗聴器を仕掛けた時に回収しておいたのだ。 不審車の事があったので、毎日の交換作業はやらないほうが良いだろうと考えたのだ。(……)(俺がタダヤスでは無くディミトリに成り代わっているのを、知っている人物が居るという事だよな……)(……) そんな事を考えながら漠然と監視カメラをチェックしていた時に有るものを見つけた。 交通事故の様子が録画されていたのだ。「ああ、こういう事もあるのか……」 運転していたのは女性。見た感じは若そうだ。 女性は事故に気が付き一度車を降りてきたが、被害者の様子を一瞥すると去っていった。「轢き逃げじゃねぇか……」 これはディミトリの監視カメラに偶然撮られていた轢き逃げ動画だったのだ。「フフッ…… 悪い奴だ……」 普通なら慌てて警察に通報するのだろうが、そうすると監視カメラのことを説明しなければならない。 それはそれで面倒だ。第一、ディミトリは警察が嫌いだった。 少年だった頃も大人になってからも疎んじられて来たからだ。 きっと、警察に嫌われるフェロモンでも出しているのだと考えている。 車が去った後も動画は続いていた。男は倒れたままの姿がずっと写されている。 轢かれた男はピクリとも動かない。恐らくは駄目だろう。「フッ…… こっちは運の悪い奴だ……」 ディミトリは無感情のまま画面を見ながら呟いた。 これまでも、巡り合わせが悪くて死ぬやつは散々見てきた。 シリアの市街地で戦闘になった時のことだ。十メートル程度の近距離でお互いに撃ち合った。 その銃撃音に驚いて飛び出してきた住人が、敵兵に薙ぎ払われるのを良く見た。 ああいった地域で
動画は時間切れで終わっていた。容量がいっぱいになったようだ。 元々、日中の監視をしたいだけだったので、十二時間程度しか想定してなかったのだ。「とにかく、面倒事はまっぴらゴメンだな……」 彼は黙殺することに決めたようだ。 ディミトリは自分に関わりの無い事には興味が無い。 ハッキリ言って他人がどうなろうと知ったことではないのだ。 犯罪を見たら通報するのが正義だとされている。関わりを持たないのも正義だ。 正義の有り様は人それぞれだ。 それを強制される筋合いは無いものだとディミトリは考えている。(力の無い奴に限って安全な所に居て吠えてやがる……) ここ何ヶ月か日本に居て思ったことだ。 何処の国へ行こうと支配する側と支配される側の二面性を思い知らされるのだ。 地位を持たないもの、声が小さいものは搾取される側なのだ。 かつての自分も同じように搾取される側の人間だった。 だが、兵隊となって運命は自分でコントロール出来ると理解できるようになった。 その代償に良心を削り取ることになったのだ。 運に恵まれない奴らを見ながら自分はこう考える。『・・・ オレモオナジダッタ ・・・』 今はどうか? 傭兵になった時に、大人になったと錯覚することが出来ていた。自分の運命は自分の引き金で切り開く決断ができるからだ。 信頼出来る仲間に囲まれて、上官の愚痴を言いながら惰眠を貪り、良い女を口説く為に酒場に日参する。 そんな毎日でも気に入っていた。 だが、気がつけば東洋の見知らぬ国で、誰とも分からない小僧の身体に押し込まれている。 自分のケツが拭ける程度にはデカくなっているが、女ひとり口説くのにすら難儀している体たらくだ。(また、やり直しかよ……) ディミトリは自分の両手をジッと見つめていた。恐らくは人を殺めたことの無いまっさらな手だ。 タダヤスもディミトリに身体を乗っ取られなければ、普通の人生を歩んでいただろう。 ひょっとしたら違う人生を歩めるかもしれないと一瞬考えたのだ。(俺の場合は、相手も同じ兵隊だったけどな……) 『お互い様だろ?』そう自分を誤魔化しながら任務を遂行していた。何十人も手にかけてきたのを覚えている。(誰かのために働く人生がベストなのか?)(目的も無く漠然と時間が過ぎていくのを眺めるだけの毎日……)(たかが小銭を稼ぐた
自宅。 ディミトリも普段は平凡な中学生『ワカモリタダヤス』を演じなければならない。 平日の昼間は学校に行かなければならないのだ。(また、クソッたれな場所に通う事になるとは思わなかったぜ……) 退屈極まる時間をジッとしているのは苦痛だった。 知識が無いので授業の内容が理解出来ないからだ。 彼は教室では口をきかなかった。この国の中学生の常識が皆無なので話がつまらない。 それと面倒臭い事になるのを避ける為だ。 事故の事は予め全員に知らせているようなので、クラスメートもディミトリには積極的に話しかけては来なかった。 後遺症があるという事にしてあるが、時々はサボって保健室で寝てたりした。 そうすると先生たちに依怙贔屓されていると勘違いするのも当然のように居るものだ。 トイレに行って用をたし、教室に戻ろうとすると同じクラスの大串が立ちはだかっていた。 何故か目玉をギョロギョロ動かしてる。 大串の子分たち二人も来ていて、トイレの出入り口を塞いでいた。(何かを探しているのだろうか……) ディミトリは無視して通り過ぎようとすると再び立ちはだかった。 やっぱり、目玉をギョロギョロと下から上へと動かしている。 いつだったか、病院抜け出した時に絡まれた金髪にも、似たような事していたのを思い出した。(ああ、威嚇してるつもりなのか……) ディミトリが育った街では威嚇などしないで拳で語ることが多かった。次がナイフだ。最後は拳銃で撃ち合った。 ところがこの国では違うらしい。目玉をギョロギョロ動かすのが相手への威嚇になるらしい。 中々、滑稽な風習なのだなと思った。「何の用だ?」「あっ?」 面倒くさいが一応話は聞いてあげようかと声をかけてみた。 やっぱり、目玉をギョロギョロ動かしている。「何の用だと聞いている……」「誰に向かって聞いてるんだっ! あっ!」 まるで話が噛み合わない。頭の悪そうな相手にディミトリは目眩がしてきた。 それと同時に時間を無駄に使わされるに腹が立ってきはじめた。「調子こいてるんじゃねぇーよっ!」 まだ、目玉をギョロギョロ動かしている。 ディミトリは吹き出しそうになるのを堪えていた。「おめぇの目つきが気に入らないんだよっ!」 ディミトリがニヤついたのをバカにされたと勘違いした大串が大声を出しはじめた。 そのまま
何も反応が無い。顔を掴んだまま頭を床に叩きつけた。「分かったな?」 再びゴンッと鈍い音と共に大串の目に涙がたまり始めた。指が少し深く入ったのでろう。「……」 大串が頷くような動作をしている。もっとも、頭をディミトリが抑えているのでうまく出来ない。「むぅ…… むぅ……」 そこまで言うと手を離してやった。 大串の目から涙が溢れ出ている。どうやら目玉は無事らしい。「……」 立ち上がったディミトリは子分たちの方を睨みつけた。 いきなりの逆転劇に大串の子分たちは立ちすくんでいた。 相手の予想外の強さに驚き、どうしたらいいのか戸惑っているのだ。「ん? 次はお前か??」 子分たちは首を盛んに振って道を譲った。 ディミトリが大串に構ってる時に、襲うという発想が彼らに無かったのは幸いだった。 一度に三人相手に喧嘩は出来ない。手加減する暇が無くて相手を殺してしまう可能性があったのだ。(これで終われば楽だがな……) ディミトリはため息を付きながら教室に戻っていった。 彼らが素直に諦めるとは思えない。弱いやつ程キャンキャン吠えるのを知っているからだ。 自宅に帰ってきたディミトリは、詐欺グループのアジトに仕掛けてきた盗聴器を聞いていた。(思っていた以上に鮮明に聞こえるな……) リビングに面した部屋以外の音も拾えるのは意外であった。音がくぐもって大して聞こえないと考えていたからだ。 もっとも、それらはロシア製や中国製の怪しげな盗聴器だったせいもある。(実は日本の民生品ってのは凄いんじゃねぇのか?) そんな事を考えながら聞こえてくる音に集中していた。 床を歩く音や玄関の開閉の音も聞こえていたので人数を数えるのが楽になりそうだった。 何日か観察した結果で彼らの行動パターンのような物が判明してきた。 午前中は詐欺の鴨を見つけるための電話セールス攻勢。午後は金を引っ張るための外出がパターンのようだ。 肝心の金は事務所に戻ってきてから分けているようだ。どういった割合で分けているかは不明だ。 そして金は各々自分で管理しているらしい。時々個人で外出しているので、その時に銀行に預けているのだろう。 時々、街中に繰り出して酒を浴びるように飲むらしい。(酒を飲むと言ってもたかがしれている……) 正体不明の不審車の事も有り、金を手に入れておくのは早
襲撃の当日。 真夜中に目を覚ましたディミトリは二階の窓から双眼鏡で外を眺めた。例の不審車が居るかどうかを確かめるためだ。 二ブロック先の交差点を見てみたが問題の車は居なかった。(やはり、夜中は見張っていないのか……) もっとも、他の場所に変更した可能性もあるが、それは低いだろうと考えていた。(本格的に見張るのなら複数台で交代するはずだからな……) 見張りだけで何も接触してこないのも不思議ではある。彼らの意図が良く分からない。 だが、分からない事で悩んでいてもしょうがない。今は目の前にある問題に取り掛かることに決めた。 それでも念の為に家の裏側から、他人の敷地を通って抜け出した。自転車は予め公園に駐めておいたのだ。(五時頃までには戻りたいな……) 昼間は普通の中学生を演じているので、突発的な休みはしないようにしている。(良い子を演じるのも大変だぜ……) そんな自虐めいた事を考えながら、詐欺グループのマンションに着いた。 夜中であることもあり、誰とも擦れ違う事はなかった。 マンションの入口付近には防犯カメラがあるのは知っている。 なので非常階段側に回り込み、外についている雨樋を足がかりにして乗り込んだ。 何も正面から行く必要は無い。これから行うことを考えると、防犯カメラに映り込むのは避けたい所だ。 そして、静かな階段を上り外廊下を走り抜ける。いつもながらドキドキする瞬間だ。(このドキドキ感がたまらないよな……) 訳の分からない感想を考えながら目的の部屋の前に来た。 マンションのドアに取り付き、ドアスコープを覗き込んだ。人の移動する気配は無い。 ドアスコープは中から外が見えるように作られている。だから、中が見えるわけでは無いが動く影ぐらいは見えるのだ。 ドアスコープをペンチで外して、その穴から内視鏡を差し込んだ。胃の検査とかに使う器具。 内視鏡でドアに付いている鍵のノッチを回せば、鍵が無くとも家の中に侵入できてしまう。 これは空き巣が良くやる手口だ。ドアスコープが何の脈絡も無く取れていたら要注意。(よし、ひとまずは成功だ……) ディミトリはいとも簡単にアジトに忍び込むことに成功した。賃貸物件サイトの案内では2LDKのはずだ。 マンションに入った瞬間に想ったのは『酒臭え』だ。マンションの中には男たちのイビキが響いて
ディミトリは厚手のマスクを口元にして、携帯の音声加工アプリを使い始めた。 今のディミトリの声は中学生の坊やの声なので凄みが無いためだ。『金は何処だ?』 音声加工アプリから流れ出す器械的な声が部屋に響く。 質問はシンプルな方が良い。彼らに余計なことを考えさせる暇を無くす為だ。「金なんかねぇよっ!」 リーダーらしき男が答えた。ディミトリは最初から彼らが白状するとは思ってもいない。 だが、彼らと会話する手段は幾らでも知っている。色々な手段は経験済みだからだ。『……』 リーダーの顔に持ってきたマスクを掛けてやり、それからマスク全体に酢を垂らしてやった。「ゲホッゲホッ」 酢特有の刺激臭にリーダーはむせ返っていた。顔を左右に振ってマスクを外そうとするが叶わない。『金は何処だ?』 ディミトリは再び質問した。器械的な声が部屋に流れる。「だから、ねぇって言ってるだろうっ!」 やはり、酢程度では駄目なようだ。次は酢酸を掛けてやった。 これは写真の現像などに使う皮膚などに付くと爛れてしまう程の酸性を持っている。当然刺激臭もキツイ。「ゲホッゲホッゲホッゲホッ」 リーダーの咳き込み具合は酷くなった。喉の奥から絞り出すような咳き込み方だ。 何も喋らないので今度はアンモニアの小瓶を鼻先に突きつけてやった。「むがぁっ!」 アンモニアは効いたようだ。仰け反るような仕草を見せたか思うと項垂れてしまった。 他の三人はリーダーの咳や声を聞くだけでビクリとしていた。時々、ぶん殴ることも忘れない。 いつ自分に拷問の番が回ってくるのかを分からせないようにする為だ。 そうやって恐怖心を植え付けるのが上手く尋問を行うコツだ。『金は何処だ?』 きっと、際限なく拷問されると観念したのだろう。「―― 本当に無いんです ――」 リーダーは目と鼻と口から色々なものを垂らしながら言ってきた。『十本有るのは知っている。 何処だ?』「あ、アレはもう渡した……」 リーダーは即答してきた。 此方は金が集結しているのを知っている。そう示唆したつもりだったが頭が回っていないようだ。 まだ、金が無いと言い張るつもりのようだった。『それは明日じゃなかったのか?』「えっ……」 ここでリーダーは襲撃者が金の行方のことを知っている事に気がついた。少しトロイようだ。「ちょっ
詐欺グループのアジト。 想定していなかった玄関のチャイム音にディミトリは反応した。 まず、四人の口にテープを貼り直したのだ。声を出されたら困るからだ。四人は何やらモガモガ抗議していたが無視した。 部屋の電気を消して玄関ドアの所に行った。外の様子を窺うために、ドアスコープ越しに覗こうとした。 だが、ドアを睨みつけたままで動くのを止めた。(ん?) ドアスコープの部分に違和感を覚えたのだ。(……) 直ぐにそれが何なのかは気づいた。(確か玄関先に廊下の蛍光灯が点いていたはず……) つまり、ドアスコープからは灯りが漏れていないといけない。 だが、ドアスコープは暗くなっているのだ。そして、見てる間に再び明るくなった。(つまり…… ドアスコープ越しに中を覗いている奴がいると言うことか……) それはディミトリにも覚えがある事だ。自分自身がこのマンションへ侵入する時に同じことをしたからだ。 勝手が分からないのに突入するのは馬鹿のやることだ。(泥棒じゃないよな……) 泥棒も強盗もチャイムは鳴らさない。 ディミトリは玄関ドアに耳を付けて、外の様子を窺ってみる。何やら動く気配はあるがハッキリとはしなかった。 そこでディミトリはベランダから様子を見てみようとリビングを横切った。 詐欺グループの男たちはモゾモゾと拘束を解こうと動いてる。(宅配便…… じゃないよな……) ベランダが見える窓に寄り添うように立って、カーテンの隙間から外を覗いてみた。 カーテンが揺れないようにそうっと見るのだ。 すると、目付きの悪い男が熊のようにうろついているのが見えている。時々、この部屋の方向をチラチラ見てる。(何だよ…… ヤクザのカチコミか?) ここの連中はアチコチに恨みでも買ってるのだろうかと思い始めた。恨みを買わない方がおかしいとも言える。 やっている仕事内容からすると、縄張り争いなども考えられる。 だが、男のもとに何人かが近づいていくのが分かると考えを改めた。(男が三人に女が一人…… ちっ、警察のガサ入れじゃないかっ!) ヤクザのカチコミならゴリラみたいな野郎が詰めかけるはずだ。女性が混ざっているのは警察関係者である証拠だ。 そして早朝の時間にやってくるのは詐欺グループの家宅捜索なのは明白だった。 裁判所の出す令状には時間的な制約があるのだ。時
放課後。 その日一日を平穏無事に済ませたディミトリは帰り支度をしていた。そこに大串が再びやって来た。「なあ……」「行かないよ?」 大串の思惑が分かっているディミトリは素っ気無く言った。「まだ、何も言ってないじゃん……」「田口の兄貴に関わる気は無いよ」「じゃあ、せめて田口の話だけでも聞いてくれよ」「そう言えば今日は田口が来てないな……」 ディミトリが周りを見渡しながら言った。興味が無かったので田口が居ないことに、その時まで気が付かなかったのだ。「ああ、放課後に俺の家に来ることになっている」「そうなんだ」「お前が田口の家に行かないと言ったら、俺の家で相談に乗って欲しいって言ってきたんだよ」「だから、面倒事に関わる気は無いんだってば」「いや、アドバイスだけでも良いと言ってる」「……」「かなり困っているみたいなんだよ」「なんだよ。 情け無いな……」 大串の説得に話だけでも聞いてやるかとディミトリは思った。 それでも手助けはやらないつもりだ。迷惑を掛けられた事はあるが助けてもらった事など無い。いざとなったら、誰かが助けてくれるなどと考えている甘ちゃんなど知った事では無いのだ。(悪さするんなら覚悟決めてやれよ……) そんな事を考えながら、大串と連れ立って彼の家に向かう。 ディミトリはその間も通る道を注意深く観察していた。彼には警察の監視が付いていたはずだからだ。 ところが最近は見かけないと言っていた。恐らく公安警察の剣崎と対峙したあたりから監視が外れているようだ。 ディミトリには何故剣崎が自分を捕まえないのか分からなかった。(まあ、面倒臭そうなら剣崎に投げてしまう手もあるな……) 剣崎が冷静を装ったすまし顔を困惑するのが浮かぶようだ。ディミトリは少しだけほくそ笑んだ。 大串の部屋に入ると田口が暗そうな顔をして座っていた。「やあ」 ディミトリはなるべく明るめに挨拶をしてやった。 まずは話を聞くふりをする必要がある。マンションに忍び込んだ様子から聞き始めた。「兄貴たちは銅線を集めにマンションに行ったんだ」 田口が話している廃墟マンションは何処なのかは直ぐに分かった。 川のすぐ脇にある奴で何年も工事中だったと話を聞いている。工事をしている業者が倒産してしまい、途中で放棄状態になっているマンションなのだ。 そこに田口
「そんな危なっかしい物、どっかのロッカーに押し込んで警察にチクってしまえよ」 ヤクザが足を洗う時には拳銃の処分に困るものだ。海に捨てたり山に埋めたりする手もあるが、面倒くさがりの奴は何処にでもいるものだ。そこで、ロッカーに入れて警察に密告するのだ。後は警察が処分してくれる。「ああ、そうしたんだそうだ……」 田口兄はコインロッカーに鞄を詰め込んで警察に匿名の電話を掛けた。チンピラに毛の生えた程度の小悪党には、薬の売買など手に余ってしまう。ましてや拳銃は犯罪に使われていない確証も無い。巻き込まれるのは嫌だったのだろう。 コインロッカーの場所には警察の車両が集まっていたので、無事に回収されたのだと思ったらしい。「厄介物の処分が終わったんなら良いじゃねぇか」「ところが、田口の兄貴は見張られて居るらしいんだよ」「誰に?」「ここ数日、グレーのベンツが付いて廻るんだと言っていた……」「鞄の元の持ち主じゃねぇの?」「それが分からないから相談したいんだそうだ」「ふーん……」 ここでディミトリは考え込んだ。もうアオイの車を気軽に使えないので、足代わりになる者が必要だからだ。 田口兄は足代わりになるが、今回の事のように少し抜けている所がある。(関わっても得にならねぇな……) 冷静に考えても見張っているのは鞄の所有者だった連中だ。きっと、揉め事になる。揉め事を解決してやっても、得るものが無いと判断したディミトリは見捨てることにした。「俺には関係無い事だ」 ディミトリはそう言って立ち去ろうとした。「そんな冷たい事を言うなよ……」「前にも似たような事言って俺を嵌めたよな?」「……」 これは大串の彼女が薬の売人と揉めたと偽られて嵌められた件だ。元来、ディミトリは裏切り者は許さない質だ。たとえ反省しても、一度裏切った人間は再び裏切るからだ。これは傭兵だった時に何度も経験済みだ。 今、大串たちを処分しないのは、ソレを実行すると日本に居るのが難しくなると考えているに過ぎない。 彼らの命は首の皮一枚で繋がっているだけなのだ。(俺の周りはロクでなしばかりだな……) ディミトリは苦笑してしまった。少し、ハードな日々が続いて疲れているのだ。 出来れば何も起こらないことを願っていた。 今回の田口兄にしろ小波が大波になってしまう。今はなるだけ避けたいものだと
中学校。 中国のケリアンから偽造パスポートが届くのには暫く時間があった。彼は二週間前後になると言っていた。 その間は大人しく生活をしていようとディミトリは考えていた。恐らく、外国に行ってしまうと、二度と日本には帰ってこられない。なので、祖母に何か孝行をして置こうかと考えているのだった。 「お前、夏休み明けから変わったな……」 学校に登校すると四宮にそう言われた。 確かに少し筋肉が付いているのが自分でも分かるぐらいにはなった。後、体中傷だらけだ。「ああ、筋肉トレーニングしてるからね……」「へぇ……」 最初に学校にやって来た時には、玄関で履物を履き替えるのが分からずに土足で上がろうとして怒られた。 次は自分のクラスが分からずウロウロしている所を、四宮に声を掛けられたのだ。「四宮もやってみろよ。 飯が美味くなるぜ」 そう言ってディミトリは笑った。実は柔道場での師範同士の会話を丸パクリしてるだけだ。 自分は食事が旨いという感覚が良く分からない。味覚が脳に記憶されている物と違っているらしく旨いとは思えないせいだ。 もっとも、基本的に祖母が出してきたものは残らず食べるようにはしている。残すと悲しそうな顔を見せるのが嫌だからだ。 四宮と会話をしながら教室に入ると大串が近寄って来た。「すまん…… 若森に相談が有るんだ……」「ああ、屋上に行こうか……」 朝のホームルームまでは時間が有る。二人は屋上に向かった。「ん? 閉まっているのか……」 ディミトリが屋上に出る扉に手を掛けていると鍵がかかっているのに気がついた。まだ、施錠が外れる時間では無かったのだろう。「ああ、ここで良いよ」 大串がそういうのでディミトリは屋上に出るのを諦めた。天気が良さげだったので少しだけ残念だった。 一方の大串は深刻そうな顔をしていた。「相談って何よ?」「田口の兄貴がいるだろ?」「ああ……」「面倒事を起こして家に引きこもっているらしいんだ……」「ん?」「廃墟になったマンションに、田口の兄貴が銅線を盗みに入ったんだよ」(相変わらずにロクでなしだな……) ディミトリは田口兄の変わらなさに笑ってしまった。「その時に鞄を一つ拾ったらしい」(おお! 胡散臭さ満杯だな) 廃墟に落ちているものなど、碌な物では無いに決まっている。「中身は何なのよ?」「拳
ディミトリの目が冷たく光り、手に持った銃をアオイに向けた。その銃口には音を消すための減音器が装着されている。 敵には一切の情けを見せないのを知っているアオイは銃口の先を見つめた。今にも銃弾が出てくる気がしたからだ。「それじゃあ、コレは偽物なのね……」 アオイはバッグから外付けハードディスクを取り出して見せた。「ああ、ソレは俺のデカパイねーちゃんコレクションだ」 そう言ってディミトリは自分のポケットから外付けハードディスクを取り出して見せた。大きさはB6サイズのシステム手帳程だ。 コレにも自分が存在しているかと思うと、背中がむず痒くなるのを覚えた。「コイツが引き出しに入っていた本物だろう……」 その筐体の外側に『Q-UCA』と文字が書かれた白いテープが貼られている。マジックでなぐり書きされた物では無いので本物っぽく見えている。「ちゃんと符号コードを調べたの?」「何だソレ?」「真贋を確かめる為の符号コードが付加されているのよ」「そうか…… じゃあ、調べてみてくれ」 ディミトリは手にした外付けハードディスクをアオイに渡した。アオイは素直に受け取った。出し抜けるチャンスが或るかもと考えていたのかも知れない。 彼女は接続コードをハードディスクに差し込んで、持ってきたバームトップのパソコンに繋いだ。「暗号キーは128ビットの符号で出来ていて、そのコードが一致していると本物と判定されるの……」 真贋を判定するアプリケーションを動作させながらアオイが説明した。「んーーー…… 日本語で頼む……」「偽物が作りにくいって事」「なる程……」 専門用語を並べた建てられたディミトリは根を上げてしまった。落ち着いて聞けば理解できるのだろうが、横文字を並べたがる専門家の説明は分かり難い物だ。「コレは本物みたいね」 パソコンを覗いていたアオイが返事をしてきた。どうやら符号とやらが合致して彼女が探していたものらしいと分かったのだ。「そうか……」 突然、くぐもった音が室内に響き、机に有った外付けハードディスクに穴が空いていく。やがて、様々な細かい部品を撒き散らしながら床に落ちていった。「ちょっと何をするのよ!」 いきなりの行為にアオイがディミトリに向かって抗議した。折角、忍び込んで目当てのものを探しだしたのに目の前で破壊されたので当たり前であろう。
鶴ケ崎博士の研究所。 研究所と言っても洋風の屋敷だった。都内から少し離れた都市に広めの一軒家だ。 鶴ケ崎博士はこの屋敷を住居兼研究所としているのだった。 主要な駅から離れた場所にある屋敷の周りは、人通りも無く街灯だけが唯一の明かりであった。 そんな閑散とした通りを白い自動車がゆっくりと通り過ぎていく。まるで、屋敷の中を伺うかのような動きには、野良猫ですら警戒の目を向けている。 屋敷を通り過ぎ、街灯の明かりが途切れる辺りで白い車は停車した。車を運転していた人物は、車のエンジンを切って静寂の中に何かしらの動きが無いかを探るように辺りを伺っていた。 運転手は黒ずくめの格好をしていた。だが、胸の膨らみは隠せない。女性であろう事は外観で判別が出来た。 彼女は壁を軽々と乗り越え、屋敷の外壁に張り付いた。そして、周りを伺う素振りも見せずに台所の扉に取り付いた。 玄関に向かわなかったのは防犯装置が付いているのを知っているからだろう。 台所に扉を自前の解錠用キットで開けた彼女は台所に有った防犯装置を解除した。こうすると家人が家に居る事になって、警備会社に通報が行かなくなるのだ。彼女は防犯装置に詳しいのだろう。鮮やかな手口であった。 博士は独身だったのか、研究所の中は無人であった。 屋敷に侵入できた彼女は迷わずに二階に向かっていった。二階に博士の研究室があるからだ。 室内に入って中を見回す。様々な専門書が壁一面を埋め尽くしている。 部屋の中央の窓よりの部分に机があった。机の上を懐中電灯で照らし出す。机の上にはノートパソコンが一台あった。 ノートパソコンを開けて中を見たが、目的の物が見つからなかったのかため息を付いていた。そして、机の上を懐中電灯で照らして何かを探している。 やがて、引き出しを開けると外付けのハードディスクがあった。表にガムテープが貼られていて、マジックで『Q-UCA』と乱暴に書かれている。「……」 彼女はそれを手にとってシゲシゲと眺めた。やがて、彼女はそれを自分のバッグの中にしまい込んだ。目的のものを見つけたのだ。 すると、部屋の片隅で何か物音がして部屋の明かりが点いた。「!」 彼女は物音がした方角に厳しい目を向け身構えた。「来ると思ってたよ……」 暗闇から一人の狐の覆面を被った男が進み出て声を掛けて来た。彼女はいきなりの展
『ワカモリさん。 どうしましたか?』『急で申し訳ないけど、偽造パスポートを都合して貰えないか?』『ワカモリさんは日本人ですから、日本のパスポートをお持ちになった方が色々と捗りますよ?』 日本のパスポートの信頼度は高い。他の国のパスポートでは入国管理の時に念入りに質問されるが、日本のパスポートの場合には簡単な質問のみの場合が多いのだ。 スネに傷を持つ犯罪者たちには垂涎の的なのだ。『ワカモリのパスポートは使えないんですよ』『え?』『色々な方面に人気者なんでね』『ええ確かに……』 ケリアンが苦笑を漏らしていた。ディミトリが言う人気者の意味を良く知っているからだ。 公安警察の剣崎が自ら乗り出してきた以上は、ワカモリタダヤスは逃亡防止の意味で手配されていると考えていた。『分かりました。 少しお時間をください』『どの位かかりますか?』『一ヶ月……』 ディミトリが依頼しているのは偽造パスポートだ。作成するには色々と下準備が必要なものだ。それには時間もお金もかかる物なのだ。『もう少し早くお願いします。 厄介な所に目を付けられているんですよ』『警察ですか?』『公安の方ですね』『分かりました……』 中国にも公安警察は存在する。そこは欧米などの諜報機関に相当する部署だ。ディミトリが傭兵だった時にも、噂話は良く耳にしていたものだ。 荒っぽい仕事をするので海外での評判は悪かったのだ。 日本には諜報機関は存在しない事になっている。だが、日本の公安警察がそれに相当する組織と見なされていた。 もっとも、国内に居る犯罪組織や日本に敵対する組織の監視が主な任務で、海外の諜報機関のように非合法活動で工作などしたりはしない事にはなっている。だが、表があれば裏が有るように、ディミトリはそんな話は信用していなかった。 ディミトリが『公安警察』に目を付けられていると聞いたケリアンは、ディミトリが急ぐ理由が分かったようだった。『では、二週間位見ておいてください』 少し考えていたのか間をあけてケリアンが返事してきた。 偽造パスポートが出来たら部下に届けさせるとも言っていた。ケリアンは香港に居るらしい。日本国内だと身の危険を感じるのだそうだ。『しかし、人気者だとしたら日本から出国する際に、身元の照会でバレるかも知れませんよ?』 日本には顔認証による人物照会を行
自宅。 ディミトリは病院から帰宅してから部屋に籠もったままだった。 ベッドに転がって天井を睨みつけながらこれからの事を考えていた。 先日の剣崎とのやり取りで気になったことがあったのだ。 一番はヘリコプターを操縦する姿を撮影されていた事だ。 これは、常に張り付きで見張られていた事を示している。きっと、ジャンの倉庫に連れ込まれてひと暴れしたのも知っているのだろう。『人を撃った銃をいつまでも持っているもんじゃないよ』 剣崎はそう言ってディミトリが持つ銃を持っていった。(そう言えば、あれって弾が残っていなかったじゃないか……) 鞄の底から銃を見つけた時に、弾倉を確認していたのを思い出していた。その後、剣崎がもったいぶって登場したのだ。 あれは狙撃手が銃を手に持ったのを確認していたのだろう。つまり、ディミトリが銃と弾倉を触ったのを監視していたのだ。(指紋付きの銃を持っていかれたんじゃ言い訳が出来ねぇじゃねぇか……) 恐らく、倉庫からジャンの手下の遺体を回収済みだろう。遺体の幾つかはあの銃で撃ったものだ。線条痕と指紋付きの銃を持っていかれたらディミトリが犯人だと証明できてしまう。(こっちの弱みを握って何をさせるするつもりなんだよ……) 剣崎は『公安警察』だと言っていた。自分の知識の範囲内では『日本の諜報機関』との認識だった。(俺の家を見張っていたのも剣崎だったのかも知れないな……) オレオレ詐欺グループのアジトを襲った時に、何故か警察のガサ入れが有った。あれは剣崎の指示でやらせたのかも知れない。 それにパチンコ店の駐車場で暴れた時も、店の防犯カメラがディミトリを映していないも不思議だった。それも、剣崎が『故障』させた可能性が高い。ディミトリの存在を秘匿して置きたいのだろう。(金には興味無さげだったな……) 何度目かの寝返りをうって剣崎との会話を思い出していた。一兆円の金を『端金』と言っていた。 本心かどうかは不明だが、普通の奴とは違う考えを持っているようだ。(まあ、確かに人を殺めるのに躊躇いが無い奴は、手駒にしておくと便利だわな……) 便利な使い捨ての駒が手に入ったと剣崎は考えているのかも知れない。(今どき殺し屋でも無いだろうに……) どっちにしろ、まともに扱われるとは思えない。(人の目を気にしながら歩きたく無いもんだな……)
「一つは中国系で日本のチャイニーズマフィアと繋がりがある……」(ジャンの所か……)「一つはロシア系で日本の半グレたちと繋がりがある……」(チャイカの所だな……) ディミトリは何も反論せずに剣崎の話を聞いていた。「全員、君が握っている情報に彼らは興味があるそうなんだがな?」「さあ、何の話だかね……」 麻薬密売組織の資金の事であるのは分かってはいるがトボけた。どう答えても面倒事になるのは分かっているからだ。「少なくとも君を巡って二つの組織が動いている」「中年のおっさんにモテるんだよ。 俺は……」「まあ、特殊な性癖を持つ人には魅力的なのかも知れないが私には分からんよ」「そいつらが探しているのが俺だと言いたいんで?」「他に誰がいるんだ?」 剣崎はディミトリの話など興味ないように続けた。「東京の端っこに住んでる中学生が握ってる情報なんて、近所のゲーセンに入っている機種は何かぐらいだぜ?」「それはどうかね……」「俺はその辺に転がっている平凡な中学生の小僧ですよ?」「それは君にしか分からない事かもしれないね…… 若森くん」「あんた……」「前に来た刑事たちとは違う匂いがするね……」「君と同類の匂いでもするのかい?」「……」「君の言う平凡な中学生ってのは、ヘリコプターを操縦できるのかい?」 剣崎が写真を一枚投げて寄越す。ディミトリは受け取らずに落ちるに任せた。足元に白黒写真が落ちた。 そこにはヘリコプターを操縦する若森忠恭が写り込んでいた。「ヘリの操縦の特殊性は理解しているつもりだ。 機体を五センチ浮かせて安定させるのに半年は掛かるんだそうだ」「……」「最近の中学生はヘリの操縦までするのかね?」「保健体育で習ったのさ」 ディミトリは負けじと言い返した。「それともディミトリ・ゴヴァノフと呼んだ方が早いかな?」「……」 ディミトリの眼付が険しくなった。部屋中にディミトリの殺意が充満していくようだ。「あんたも麻薬組織の金が目当てか?」「……」 ディミトリは銃を引き抜き剣崎に向けた。もちろん殺すつもりだった。だが、引き金を引こうとした時にある事に気がついた。 オレンジ色のドットポイントが剣崎の額に灯っているのだ。だが、それは直ぐに消えた。「クソがっ……」 ディミトリの経験上、ドットポイントが意味するのは一つだけだ。
大川病院の一室。 ディミトリは退院をする為に起き上がっていた。安静にしていれば肩の骨は繋がるだろうとの診断がおりたのだ。 骨にヒビが入った程度の怪我では長期は入院させて貰えないのだ。他の重篤な患者用に退院させられる。 退院の為に荷物づくりをしているのだ。左手が効かないので右手だけでやっている。 着替えなどを鞄に入れていると、その着替えの入っていた鞄の底に銃があった。(え? 何故?) 銃を手にとってみるとジャンの倉庫から脱出する時に使っていたトカレフだ。弾倉を抜き出して確認してみると、中に弾は残っていなかった。(一緒に持ってきた?) 話を聞いた限りでは、身一つで病院の応急処置室に放置されていたと聞いている。それにこんな物騒な物を持っていたら、警察の方で問題視されているはずだ。(アオイが置いて行ったのかな……) ディミトリが入院している間にアオイはやって来て無い。(病室に自分は来たというサイン?)(いやいやいや…… 普通に書き置きで良いだろ……) これが見つかると拙い立場に立たされてしまう。そういう事を思いつかない女では無いはずだとディミトリは訝しんでいた。(そう言えばお婆ちゃんが玩具で遊ぶのも程々にしろと言っていたような気がする……) 祖母はコレを見て、孫の部屋にあったモデルガンを思い出したに違いない。 そんな事を色々考えていると病室の扉がノックされた。ディミトリは慌ててトカレフを背中に隠した。日課のようにやって来る刑事たちだと思ったのだ。「どうぞ」 返事をすると男が一人入って来た。だが、男は毎日やって来る刑事とは違う男だった。「やあ、若森くん…… 君に事故の事を詳しく聞かせて欲しいんだよ……」「いつもの刑事さんたちじゃ無いんですね……」「ああ、所属先が違うもんでね」 ディミトリは警戒しはじめた。刑事たちの眼付は鋭いが、この男からは違った雰囲気を感じ取ったのだ。 そんなディミトリの思惑を無視するかのように質問をし続けた。「君が道路に飛び出した訳を聞きたくてね」「ちょっと、道路を渡ろうとしただけですよ」「そう…… 君が事故に巻き込まれるちょっと前に、パチンコ店に車が飛び込んで来てね」「はあ……」「運転していた男の背格好が君にソックリなんだよ」「僕じゃ無いですよ」「パチンコ店に飛び込んで来た車は、パチンコ店に併